大判例

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札幌高等裁判所 昭和27年(う)533号 判決

控訴人 被告人 穐宗輝雄

弁護人 中田克已知

検察官 折居辰治郎関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役拾月に処する。

但本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人中田克已知の控訴趣意は同人提出の控訴趣意書記載の通りであるから、ここにこれを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点について、

原判決判示罪となるべき事実中第二の(一)中「恰も飲食遊興費等支払うものの如く装いて清酒、銚子で十六本、ビール四本、料理三皿、通し物一皿、フルーツ一皿合計三千二百三十円相当を出させて飲食し、浜野百代を同衾して宿泊しその宿泊及び遊興費千円総計四千二百三十円の債務を負担したる後云々」と判示していることは所論の通りであつて、原判決挙示の証拠中浜野百代の検察官に対する第一回供述調書中「淫売料は一晩で千円でその中から営業主の方に三百円位を蒲団代としてやつて居ります私が本年六月十九日の晩に穐宗と云う人の要求により同人に淫売した、同人が金をくれると思うたからで、金をくれないのであれば売るのではなかつたのです」との供述記載によると、原判決が「浜野百代を同衾して宿泊しその宿泊及び遊興費千円」というのは、売淫料の千円であることが認められるのであつて、総計金四千二百三十円中にはこの千円が入つていることが認められる。元来売淫行為は善良の風俗に反する行為であつて、その契約は無効のものであるからこれによつ売淫料債務を負担することはないのである。従つて売淫者を欺罔してその支払を免れても財産上不法の利益を得たとはいい得ないのである。よつて右千円については詐欺罪は構成しない。然るに原判決は、これをもつて、債務を負担したる後その支払を免れ、財産上不法の利益を得たものとして処断したのであるから、原判決には事実の誤認があり、この誤認は判決に影響を及ぼすものであるから破棄を免れない。弁護人は原判決は理由にくいちがいがあるというのであるが、その内容は事実の誤認を主張するのであるから此点において、論旨は理由がある。

同第二点(法令の適用の誤)について、

原判決判示罪となるべき事実第二の(三)中「同月二十五日頃林寿雄、桜井松雄、桜井松雄、山中石蔵と共謀の上前同所において、木村愛吉木村ふみに対しと判示し、法令の適用として、刑法第六十条を遺脱していることは所論の通りである。しかし原判決は「林寿雄、桜井松雄、山中石蔵等と共謀の上」と判示しているから、原判決は同人等と共謀したことを認定しているのである。従つて刑法第六十条を適用した旨判文上明示しなくとも同条を適用しているものであることが自ら明かであるから、原判決には法令の適用を誤つた違法はなく、論旨は理由がない。

同第三点(訴訟手続に法令の違反)について、

原審第一回公判調書中刑事訴訟法第二百九十一条により、検察官が起訴状の朗読をしたこと、裁判官が被告人に対し、被告人の権利保護のための告知をしたことの記載がないことは所論の通りであるが、右事項は公判期日に通常当然行われている事項であるから昭和二十六年十二月二十日最高裁判所規則第十五号による改正の刑事訴訟規則第四十四条は公判調書の記載事項としなかつたものである。従つてその記載がないからといつて訴訟手続に違反の点はないのである。原審第一回公判調書によると、被告人及び弁護人から何等異議の申立もなく且つ被告人及び弁護人の被告事件についての陳述の内容からしても、当然所論の手続は執られたものと認めざるを得ないのである。弁護人は右改正の刑事訴訟規則第四十四条は、日本国憲法及び刑事訴訟法の根本精神に反するので無効のものであると、主張するのであるが憲法第七十七条第一項において、最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規則及び司法事務に関する事項について、規則を定める権限を有すると規定し、又刑事訴訟法第四十八条第二項は公判調書には裁判所の規則の定めるところにより、公判期日における審判に関する重要な事項を記載しなければならない。と規定しているので、これに基く刑事訴訟規則第四十四条は刑事訴訟法第二百九十一条により訴訟手続を廃止するものではなく、ただ右手続のあつたことを、公判調書の記載事項としないまでであつて、憲法及び刑事訴訟法に違背しないのみならずその根本精神にも反することはないのである。故に所論のような違法はない。論旨は理由がない。

よつて量刑不当に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十二条により原判決を破棄し、当裁判所は直ちに判決することができるものと認めるので同法第四百条但書により更に判決する。

当裁判所が認めた罪となるべき事実及び証拠の標目は、原判決書中第二の(一)の事実を除き、原判決書の記載と同一であるから引用する。

第二の(一)の罪となるべき事実

被告人は飲食代の支払資力も意思もないのに拘らず、昭和二十七年六月十九日常呂郡留辺蘂町字元町料理屋三楽こと木村愛吉方において同人及びその妻木村ふみに対し北日本産業株式会社社長穐宗輝雄と印刷してある名刺を示して、これから二十日間位滞在するからちよい、ちよいたのむ等と言つて恰も飲食費を支払うものの如く装いて、清酒銚子で十六本、ビール四本、料理三皿、通し物一皿、フルーツ一皿合計三千二百三十円相当を出させて飲食しその債務を負担したる後、その事実がないのに一緒に仕事をしている同僚が金を持つて明日十時に来ることになつているから来たら支払をする、それまで待つてくれと嘘を言つてその旨誤信させて右飲食代の支払を免れたものである。

右事実は

一、木村シマの検察官に対する第一回供述調書

一、木村愛吉の検察官に対する第一、二回供述調書

一、木村ふみの検察官に対する第一回供述調書

一、被告人の検察官に対する第一、二、三回供述調書

一、原審第一回公判調書中被告人の供述記載

を綜合して認める。

法令の適用

被告人の判示第一の(一)(二)同第二の(一)乃至(四)の各所為は刑法第二百四十六条第二項に(判示第二の(三)の所為は同法第六十条にも該当)判示第三の所為は同法第二百四十六条第一項に該当し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条、第十条により犯情の最も重いと認める判示第二の(三)の罪の刑に法定の加重をなし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役拾月に処するとともに情状により刑法第二十五条を適用し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予するものとし、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項により全部被告人の負担とし、主文の通り判決する。

(裁判長判事 藤田和夫 判事 成智寿郎 判事 臼居直道)

弁護人中田克已知の控訴趣意

第一点原判決には理由にくいちがいがある。

原判決はその理由中に「罪となるべき事実第二飲食代等の支払資力もないのにかかわらず(一)昭和二十七年六月十九日常呂郡留辺蘂町字元町料理店三楽こと木村愛吉方に於て同人及その妻木村ふみ雇女浜野百代等に対し………恰も飲食遊興費等支払うものの如く装いて清酒銚子で十六本、ビール四本、料理三皿、通し物一皿、フルーツ一皿合計三千二百三十円相当を出させて飲食し浜野百代を同衾して宿泊しその宿泊及び遊興費千円総計四千二百三十円の債務を負担したる後………嘘を言つてその旨誤信させて右飲食及遊興費の支払を免れ」と判示し、証拠として原裁判所で取調べた証拠と検察官に対する浜野百代(第一回)の供述調書とを援用している。そこで右浜野百代の供述調書を精査すると同人の供述記載中に「……淫売料は一晩で千円でその中から営業主の方に三百円位を蒲団代としてやつています。私が本年(昭和二十七年)六月十九日の晩に穐宗という人の要求により同人に淫売した、同人が金をくれると思つたからで金をくれないのであれば売るのではなかつたのです………」(記録第一一三丁一一四丁参照)との供述記載があるのに徴し前掲判示「宿泊及遊興費千円」は売淫代金というべきものと認められる。売淫行為は公序良俗に反し且つ法令の禁止するところであるから(昭和二十二年勅令第九号)被告人はこの部分について支払義務を負担すべき筋合はないのに拘らず、原判決は被告人がその支払義務を免れたものとして詐欺罪の認定をしたのは冒頭掲記の違法があつて原判決は破棄を免れないと信ずる。

第二点原判決には判決に影響を及ぼす事が明らかな法令適用の誤がある。

原判決はその理由中「罪となるべき事実第二の(三)同月二十五日頃林寿雄、桜井松雄、山中石蔵と共謀の上前同所に於て木村愛吉、木村ふみに対し……嘘を言つてその旨誤信させて右飲食費の支払を免れ」と判示しながら、法令適用の欄においては共犯に関する刑法第六十条の適用を遺脱しているから、これは冒頭掲記のような違法があつて原判決は破棄を免れないと信ずる。

第三点原審訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。

公判の冒頭手続については刑事訴訟法第二百九十一条第一、二項において、検察官は、まず起訴状を朗読しなければならないこと、裁判長は起訴状の朗読が終つた後、被告人に対し終始沈黙し、又は個々の質問に対し陳述を拒む事が出来る旨その他裁判所の規則で定むる被告人の権利を保護するため必要な事項を告げたうえ、被告人及び弁護人に対して被告事件について陳述する機会を与えなければならないことを規定しているが、これは公判手続における重要な事項であるといわなければならない。そこで本件の原審公判において前掲の冒頭手続が履践せられているかどうかについて原審公判調書を調査すると原審第一回公判調書には冒頭手続に関して、併合決定、人定質問、起訴状の訂正被告事件に対する陳述の記載があるのみで(記録第九、十丁参照)刑事訴訟法第二百九十一条第一、二項所定の手続が履践せられた事跡を認めることはできない。果して然らばかかる重要な手続を履践せずして審理をなした原審訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明かな法令違反があるというべく原判決は破棄を免れないと信ずる。

この点に関し従来の刑事訴訟規則はその第四十四条において前示冒頭手続に関する事項を公判調書の記載要件としていたところ、公判調書の簡易化を図るためとして昭和二十六年十一月二十日最高裁判所規則第十五号をもつてこれを改正した結果右事項は公判調書の記載要件ではなくなつたのであるがかかる改正規則は当事者訴訟主義を採用している日本国憲法及び刑事訴訟の根本精神に適合しない無効のものといわなければならない。

第四点原判決の刑の量定は不当である。

(一)被告人には前科がないこと。(原審公判においては検察官提出にかかる被告人に対する前科調書について証拠調をしているが、この書面の記載によつても明かな如く被告人は昭和十八年十二月三十日札幌区裁判所において国家総動員法違反により罰金六千円に処せられたが、昭和二十年勅令第五七九号大赦令により赦免せられている。)

(二)罪となるべき事実第一の(一)及(二)に対する被害については関谷誠二が被告人のために全部弁償していること(記録第六九丁、七〇丁領収書参照)

(三)被告人は大いに前科を悔い改悛の情顕著であることは、原審で取調べた被告人の検察官に対する第三回公判調書中「私は只今悪い事をしたと思つて居ります」との供述記載があるのと、原審公判廷に於て素直に犯罪事実を自認しているのとに徴し明かである。

(四)被告人は昭和二十七年七月十五日本件について逮捕せられて以来三ケ月間拘禁苦痛をつぶさになめていること。

以上の諸情状を綜合考量すると、原判決が被告人に対し懲役拾月の実刑を科したのは明かに刑の量定重きに失するものと思料せられるから、原判決は破棄を免れないと信ずる。

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